職人気質

「煙草を吸う」という仕事」について。
私は嫌煙家ではあるものの、このような方には心底敬服する。

 「葉っぱの特徴を把握するのはもちろんですが、ブレンダーに求められるのは味覚の共有なんです。私が受講していたころの話ですが、たとえば、私が吸って“辛い”と感じたとしますね。しかし、先輩のブレンダーは辛くないと言う。すると、そうか、この味覚は辛いとは言わないのだな、と先輩の味覚に自分の味覚をあわせるんです。苦味や酸味、渋みの感覚も同様です。このやり方はいまも変わっていません」


 松原が“辛い”と評した味は、先代のブレンダーから松原へ、そして後輩へと受け継がれる味だ。言うなれば、味覚の伝承がブレンダーの養成でもある。


 何人もの脱落者を出しながらも、この味覚を共有できた受講生のみが最終コースにまわり、先輩ブレンダーの補佐をしながら本格的な葉組の仕事に携わってゆく。


 「コースは二年半から三年で終わりますが、300種類を完全に把握できるようになるまでに十年はかかります。私も十年かかった。でも、それでやっと一人前と呼ばれるようになるんですね。私がブレンダーという肩書きをもらったのも、30歳をひとつふたつ過ぎたころでしたから」

技術継承と言うものはこういうものなのだろうと思う。仕事に於いて「上司が白と言えば黒いものでも白くなる」と揶揄する言葉が有るが、自らの判断力不足を認めて「自分や同僚が黒いと思っているものであっても、これは黒とは言わないのか」と判断できるようになるのが、会社における技術継承と言うものなのかもしれない。「黒いものを黒いと言えないのはおかしい」と言って退社する方も居るだろうが、それが本当に黒いものなのかという事を疑ってみる事も必要なのかもしれない。
こういう事例を見ると年功序列もそれほど悪くは無いことのように思う。年功序列の問題は単に「賃金上昇」と「出世」が密接に結びついているからだと思う。特技を活かして仕事をする部署の場合、特技を磨く事による賃金上昇を認め、管理職には管理職向きの人材を据える等の人材活用をしていけば、年功序列制度も上手く機能すると思うのだが。経営者と社員の分離はできているのに、社員内の管理職と一般職の分離はまだまだ進んで居ない。


クラウセヴィッツは「戦争論」の第二章に於いて、「指揮官と言うものは己の立ち位置によって見るべきもの、判断すべきものが違う」と説く。最高司令官に必要なものは兵学知識でも兵術知識でもなく状況把握能力であり、国情、敵情、戦況、部下といった状況を把握して勝利を定義して方針を立てることが求められると言う。具体的なことは部下に任せれば良く、最高司令官が自らの軍の装備品一つ一つに対して正確な知識を持っている必要は無く、部隊一つ一つの構成員や性格まで知っている必要は無い、と。
会社における管理職と一般職の分業についても同じ事が言えるのではないかと思う。夫夫見ている部分が違い、知っているべき事も違えば判断すべき事も違う。優秀な営業マンだからと言って営業課長として部下や予算を管理する事に長けている訳ではないだろうが、課長にならない限り給料が増えないのだから課長にならざるを得ず、結果得意分野で持ち味を活かす事もできずに不得手な雑務ばかりに追われる事となる。管理職に向いていないからといって一般職に戻る事は(制度的、若しくは周囲の目的に)できず、誰の得にならないという事もあるだろう。


優れた能力を持つ社員を活かすも殺すも会社次第である。「社員が思うように働かない」「思ったような利益が上がらない」のは何故か。その点を経営者の方には理解して欲しい。