必然かどうかは分からないが…

首相交代の歴史的必然 80年代の成功体験から抜けだせない日本は取り残される」を読んで3点ほど。


1

 1940年には、日独伊3国同盟を結びました。3国は、米国から攻撃されたら共に戦うことを取り決めました。英米との関係は極端に悪化しました。翌年に日本が真珠湾攻撃を行うと、ヒトラーは3国同盟を理由に米国に宣戦布告しました。
 これは、欧州征服後のドイツの英本土攻撃に耐えていたチャーチルにとっては救いとなりました。それまでは、米大統領ルーズベルトが英国を救いたくても、議会の反対によって米国は参戦できなかったのです。
 チャーチルの第2次大戦回顧録には、ルーズベルトに英国を救うために参戦することを何度も懇願するやり取りが出てきます。3国同盟後の米国は海外植民地の全面放棄など到底日本が呑めない提案をして、日本は真珠湾攻撃を敢行しました。
 日本が3国同盟を結ばなかったら、歴史は変わっていたかもしれません。現に、ゲルニカの空襲をヒトラーに頼んだスペインの独裁者フランコは、ドイツと同盟を結ばず中立を決め込み、おかげでスペインは第2次大戦から無傷でした。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20070925/135843/?P=3

たらればの話をするとキリが無いが、確かに日独伊三国同盟が無ければ歴史は変わっていただろう。どのような歴史になっていたかは想像が付かないが、例えばドイツはソ連侵攻を諦め、それらの物資を西欧戦線や北アフリカ戦線に割いて圧倒的な勝利を収めていたかもしれないし、日本はソ連の脅威を考えて泥沼の日中戦争をさっさと切り上げたかもしれない。
そういったifの歴史の話はともかくとして、同盟が重要な役割を果たしたと言う点については同意だ。が、例えばタイは日本と同盟を組んで枢軸国側として参加したが、敗戦国としての取り扱いは受けなかった*1と言う点も見逃してはいけないだろう。重要なのは同盟とは外交手段の一つであり、遵守する事が目的なのではなく、利用して国家の利益を計るのが目的なのだ。


2

 自動車しか主な交通手段がない97%の国土の住民にとっては、高速道路無料化によるコスト低減の絶好の機会を奪うことになりました。小泉政権の寿命は尽きていたのです。その現実が、次の政権を直撃することになります。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20070925/135843/

たとえば岡谷から八王子までの160kmを特大車で走行すると高速道路利用代金が1万円強かかる。練馬から青森までの780kmは4万強。これだけ見るととても高いように思うが、燃料代や消耗品代、人件費や利益分などを含めて算出される輸送費においては、高速道路利用代金がどれだけの割合を占めるかはわからないし、無料化した事によって一般利用者が増えて帰って渋滞を巻き起こすとなれば、高速道路の利用代金が無料化することにどれだけの価値が有るかは分からない。
とは言え、国内流通の充実に関して疑問は無い。個人的には圏央道や外環道を確り伸ばす事が重要だと思っている。

 もちろん、地方での経済効果は絶大です。さらに進んだのが、フロリダやカリフォルニア、コロラド、ラスベガスに見られるようなリゾートとビジネスの一体化です。職楽近接です。都市と村とで人口が分散しているドイツでは、田園都市が当たり前になりました。
(略)
 東京一極集中の国土を転換できなければ、日本は世界第2の経済大国の座からあっという間にすべり落ちるでしょう。
(略)
 日本の各地が世界の地域を取り合うくらいの競争にならなければ活力は出てきません。そのためには、地方に経済の主権を渡さなくてはいけません。高速道路無料化など当然の政策です。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20070925/135843/?P=4

輸送費だけではなく人の流動性を高める事が重要だという事であれば、高速道路を無料化するよりもむしろ高速バスや新幹線、国内線の利用料金を下げる方が大量輸送が可能で現実的である。
この狭い国土の中に、それも平地面積が圧倒的に少ない中において6000万台近い車がひしめき合っている事自体が経済不活性化の原因ではないか、と考えるべきではないか。行楽シーズンの度に高速道路が数十キロの渋滞という現状、また国内の事故発生件数を考えるに、高速道路の利用料金無料化が経済の活性化に繋がるとは到底思えない。


3

 さらに、外国との航空や海運路線の開設、農地や都市の利用計画、産業への助成策、観光政策、リタイアメントの誘致、病院、学校の開設、景観や環境の整備、こうしたことは地域が決めることです。財源も人も国から大きく移したうえで、地域の責任で経営するという当たり前のことを実行しなければ、東京と地方のもたれあいとジリ貧は臨界点に達するだけでしょう。
 経済のグローバル化とローカル化、これに成功したものが日本でも21世紀の政治の主導権を握るでしょう。

現状で地方に財源を移譲すればするほど、東京の一極集中が促されると思う。何故なら、現状で人が居て仕事があって金が有るからだ。なら人はそれに吸い寄せられ、より一層の経済力を持つ事になるだろう。
むしろ国に財源を移譲させることで、重点的な国内拠点を国策として作り上げるよう効果的に投資をしていく事が重要なのではないかと思う。
少なくとも東京を無視した上で国内経済を考えることができない現状に於いて、例えばインフラの充実していない遠方の県が自主財源のみで頑張ったところで、経済拠点に成れる程の成長を遂げるはずが無い。例えば東京からであれば先ずは仙台を東北の中心としてきちんと発展させた上で東北全体の成長を促すとか、高知の経済発展を図った上で四国の発展を促すとか、そう言った拠点と言う切欠作りのにおける国の役割は大きいと思う。