ノーインテリジェンスなのはどちらだ?

KY空幕長の国益空爆」について。
筆者の発言は誇張、歪曲、無知、矛盾に満ちており、また批判はすれどもろくな代案を提示しない、「ノーインテリジェンスな書きなぐりのメモ」である。
その事を指摘したい。

1.誇張

 見出しでは「KY」などと軽い表現をとりましたが、この問題はサンフランシスコ講和条約以来の日米関係に影響を及ぼしかねない「国難」だったことを、どれほどの関係者が理解しているのか、疑われます。厳重な再発防止のためにも、今回の件、そしてそれが今現在も持っているリスクまで含め、細かに検討する必要があると思います。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20081104/176177/?P=1

これ以降に続く文章では各国の反応を全く書いていない。
これでは本当に国難なのかと言うことが疑わしく、単なる誇張表現だと受け取られても仕方が無いだろう。筆者は以降の文章で「意見には論拠が必要である」と述べているのだから、少なくとも自分の意見には論拠を設けるべきである。

 指摘したい第二の「内容以前の問題」は、「論文」などと呼ばれている、このワープロ打ち9枚の文書の「脇の甘さ」です。


 一国の軍務のトップに立つ者が、仮に「個人的」といっても「研究」の「論文」のといって、こんな丸腰の文章に自分の名と役職を付して出している無防備さを指摘しなければなりません。


 田母神さんは防大で電気工学を専攻したそうですが、防大の電気電子の教官は、例えば実験レポートで無検証の印象を羅列したものに「可」以上の成績を出したのでしょうか? さらに、資料によれば田母神氏は「統合幕僚学校校長」も務めたといいます。そんな人物が


 「竹島も韓国の実行(ママ)支配が続いている」


 などと、誤変換そのまま、(言うまでもないですが「実効」支配)、ワープロ打ちっぱなしで、副官の査読などチェック機能の働いていない文書を出すのが、そもそも用心が足りません。


 「定年退職記者会見」では、問題以前のやり取りが見られました。報道陣でしょうか、「論文は本や雑誌の引用がほとんどで独自の研究とは言いがたい」と指摘するのがそもそも大間違いで、不用意な引用とは無関係に、文書の末尾にはいきなり、それまでの議論と無関係に「イイタイコト」が天下りで出てきます。論証の手続きが踏まれていませんが「独自の見解」ではあります。しかし「研究」ではありません。ただ「イイタイコト」を言っているだけで、そのまわりに直接は無関係なエピソードが並んでおり、論理的な整合性は認められません。


 もし私の学生が「レポート」としてこういうものを出してきたら「これは大学以上のレベルでレポートとは言わない。<メモ>である。再提出」と差し戻すことにしています。


 この「メモ」には、整理された引用出典や参考文献、論拠の一覧などがなく、章立ても整理もない、誤変換を含む文章がだらだらと続いているだけで、「論文」などと呼ぶことが、そもそも誤解を生みますから、以下では二重に括弧をつけて「<論文>」と書くことにしましょう。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20081104/176177/?P=3

誤字・脱字によって文意が汲み取れないのであればまだしも、たった1文字の誤字で全ての文章を否定するのは、世の中に溢れる文章の大部分を否定するようなものである。
またこれは懸賞論文で文字制限があり、読者層もある程度想定しなければならないのであるから、大学生の書くレポートとは一線を画すと言うことを理解すべきである筈なのだが、筆者はそういう点には触れない。「論文と言うものはそういうものである」と規定するのは良いが、では筆者の文章もまた論拠の無い書きなぐりと批判されても仕方ない文章であろう。


そもそも筆者は「発言したこと自体が問題である」と言うのであるから、態態論文の内容を貶す必要は無かろう。それこそ「論理的な整合性なく末尾に突然出てきた『イイタイコト』の一部」でしかない。


2.歪曲

 田母神氏の第一の問題は、政府、防衛省の観点から見るとき、危機管理体制としての情報統制が全くとれていないことです。これをまず指摘しなければなりません。


 昨年の2月、私はNHKの「地球特派員」という番組の取材でアメリカ、ノースカロライナ州フォートブラッグ基地に体験入隊して、インタビューや訓練参加などしたのですが、そのときの軍人たちの、発言への気の張りようは大変なものでした。

 彼らの最高司令官は大統領である「ジョージ・ブッシュJr.」で、その施策へのあらゆる論評は「軍務規定違反」とされ、職位を失う理由とされてしまうからです。憲法の保障する個人の内心の自由とともに、軍人としての宣誓=契約と義務の履行への強い意識は、大変印象的でした。


 ところが今回の田母神氏のケースでは、空幕長という責任ある立場にある者が率先して防衛省の内規をおろそかにしており、しかもそのけじめ、歯止めが完全に不在、まったく無自覚であることを露呈しています。


 内規で、隊員が職務に関する意見をメディアなどで発表する際、必ず文書で上司に届けなければなりません。空幕長は官房長に連絡する必要がありましたが、田母神氏は「論文」を「職務に関係ない、個人的な研究内容」と強弁し、正式な文書報告を怠り、背広組には口頭連絡だけでお茶を濁して、かつての「来栖発言」以来の問題を起こしてしまいました。


 こういう状況を「軍紀の乱れ」と言います。命令系統を将官が率先して混乱させるという意味では戦前の関東軍が暴走するのと本質的に変わりがない、という事実を、もっとシリアスに認識すべきです。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20081104/176177/?P=1

先ず、アメリカの軍務規定を用いて日本の自衛隊を断罪すると言うのは見当違いである。もし筆者が田母神市の発言を問題だとするのであれば、自衛隊関連の法案から田母神氏の発言が問題であることを示さねば成らない筈だ。それができないからと言って他国の軍務規定を用いての論理展開は荒唐無稽である。
また田母神氏は「正しい歴史認識を持つべき」と説いているだけで、自衛隊を批判しているわけではない。加えて過去の歴史的事実(と言われている事件)を否定している訳でも無く、発言の内容自体に問題があるとは到底思えない。


また仮に発言の内容が問題であるとしても、それは軍における命令系統の混乱を意味しない。個人がどういった見解を持っているかと言うことと、それが軍人としてあるまじき行為をすることなのかと言うことはまったく別である。
例えば連合艦隊司令長官山本五十六氏は日米開戦に反対していた。しかし開戦となった際に連合艦隊が軍規違反を犯しただろうか。命令に背いたと言う点では「外務省の命令に逆らい6000名ものユダヤ人を救った」杉原千畝氏のような存在こそ批判されてしかるべきである。

 ちなみにワシントン以来ジョージ・ブッシュJr.までの歴代の大統領は例外なく軍歴があります。しかしバラク・オバマ氏には軍歴がありません。日本ではあまり強調されていませんが、彼が当選すれば、単に「アフロ・アメリカンの大統領」というのみならず、米国史上初めて、本当の意味での「文民統制」つまり制服を経験していない三軍総司令官が誕生するわけです。これは米国にとってリンカーン以来、いやワシントン以来の革命的な出来事なのですが、そういうアメリカの選挙に合わせて「田母神空爆論文」問題が噴出してきたわけです。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20081104/176177/?P=3

もしコレが正しいとするなら、兵役の有る韓国等の国では文民統制が成立していないと言うことになるし、人民解放軍が政権を持つ中国では文民統制の取れていない危険な国である、と言うことでも有る。そのような国が主張する「従軍慰安婦」問題や「南京大虐殺」問題が歴史的な事実であるかどうかも疑わしい。


 この「<論文>」は要するに、現役のドイツ空軍総司令官が「第2次世界大戦中、ナチスドイツはポーランドで酷いことをしたかもしれないが、よいこともしていたのだ。アウシュヴィッツもあったかもしれないが、経済が活性化した側面もある」と発言するのと同様の、国際政治上の意味を持ち得てしまうものです。もしこんな空軍総司令官がいたなら、ドイツはいったいどんなことになるか(そんなことはあり得ませんが)。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20081104/176177/?P=4

「ありえない」と断定してしまうのは…と筆者の揚げ足を取るのはやめておく。


何故朝鮮や満州国の人口が増えたのか。今までの歴史の中で、政府が全く問題無く機能し、国民全員が幸せに暮らしていた国があったのだろうか。ドイツの占領政策と日本の占領政策との類似・相似点を検証した上で話を進めるなら良いが、そういうことを全くせずに同列に扱うのは非常に横暴である。
そもそも筆者は枢軸国側が何カ国あったのかと言うことを理解しているのであろうか。その国国が行ってきた占領政策が全て同じだったのか、そういうことを全く検証しない。筆者の言葉を借りるなら「論拠が無い意見」をいかにも尤もらしく語るのは、自らの言に照らし合わせて恥ずかしくないのだろうか。


3.無知

 例えばスウェーデン政府は「ノーベル平和賞」の胴元となることで、激動の20世紀100年間、武装中立国家として、ヒトラーナチスドイツ(ノルウェーまで進駐)、スターリンソ連(フィンランドまで進駐)双方の武力侵攻を政治的に防ぐ巧妙な外交戦略を成功させている。一つの反例で容易に崩れる断言口調では粘り強い交渉には耐えない。より強靭な論の建て直しを勧める。


 などと指摘しなければなりません。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20081104/176177/?P=3

筆者の挙げるスウェーデンの例も、戦闘行為を避ける為に他国の力を用いているだけに過ぎず、強大な武力を持つ国家から身を守る手段はやはり武力なのであると言うことの一例に過ぎない。
そもそも田母神氏の指摘する戦争と言うものが単純な戦闘行為のみを指すのではないという基本的な事を筆者は全く分かっていない。それはクラウセヴィッツ戦争論を読めば分かる事である。


4.代案が無い

日米交渉を決定的に不利にした、このトンでもない決議の引き金を引いたのは、屋山太郎櫻井よしこ各氏らと国会議員44名の連名で出した「真実」と題する従軍慰安婦(性奴隷)強制否定の「全面広告」でした。


(略)


 この「国益自爆広告」には多数の国会議員も署名していましたが、主にリードしたのは評論家など民間サイドと考えられています。しかし、今回の田母神「<論文>」は、民間企業が準備したレールの上とはいえ、現役の航空自衛隊幕僚長たる重責の人物が、名と職位を添えて、日本語ならびに英語で、政府見解と真っ向から対立する内容を国際発信するという、過日の中山前国交相の自爆なみに、通常では考えにくいことが起きてしまっている。


 その影響の甚大さが事前に読めなかったとすれば、申し訳ないですが、まさに「空気読めない」KYとしか言い様がありません。現役武官が、しかも今のような国際情勢のタイミングでこんなことをすれば、国益を直撃することが、なぜ判らないのか。ただただ理解に苦しみます。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20081104/176177/?P=4

「韓国が問題にしている従軍慰安婦問題は、歴史的事実と異なる」と言う意見を表明することが国益に繋がらないのだとしたら、一体何が国益に成ると言うのであろうか。では空気を読んで何もしなかったほうが良かったのか。それでアメリカにおける従軍慰安婦問題がどのように好転したと言うのか。
批判だけしてどうすればどうなったのかと言う点について触れていないその姿勢こそ「ノーインテリジェンス」ではないのか。井戸端会議や居酒屋の雑談と変わらない。


5.矛盾

防衛に責任を持つ人には、品格ある見識と、したたかな戦略をもってほしいと思います。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20081104/176177/?P=5

「防衛に責任を持つ人」を田母神氏を指しているのだとしたら、大きな矛盾である。
何故なら、筆者の考える「文民統制」は「軍人は個人的見解を持つべきではなく、政府見解を持つべきである」と言うことなのだから、「品格有る見識」を持ってよいはずが無いからだ。
同様に「防衛に責任を持つ人」が「したたかな戦略をもって」しまっては、それこそ命令系統の混乱を招くと言うべきものであろう。


とは言え

下記の点は一理ある。

 ところが今回は当の軍人のトップが率先して、混乱した情報を発信するのは、ただただ国益棄損に直結していることに、むしろ軍人が敏感であるべきではないかと、思わず心配になってしまいました。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20081104/176177/?P=2

混乱した情報かどうかは別として、組織の長がすべきことは組織の維持であって己の意見を表明することではない。その点に限り、田母神氏の発言は軽率であったと言わざるを得ない。あのような情報を発信することが自衛隊にとってどのような結果をもたらすのかと言うことを考えず、ただ己の信念に従って行動したのだとしたら、それは組織の長たる資格は無いと言われても仕方が無い。



他人の意見を「ノーインテリジェンスである」と批判するのであれば、少なくとも批判者はインテリジェンスな文章を書くべきであろう。
「他人の意見を否定することは他人の人格を否定することではない」と言うことは、大学でモノを教えている方であれば分かっている筈であるのに、最後に「田母神氏はいい人だと思うよ」等という変なフォローを入れるのは、自らの意見が批判ではなく悪口でしかないと言うことを感じているからであろう。
悪口は読んでいて気分が悪い。日経ビジネスオンラインと言うメディアで情報を配信する立場の筆者には、そういった情報を垂れ流すような姿勢を改めて欲しい。